リベンジ!2000年のフェニックスvsブロンコス



俺たちはフェニックス相手に勝ったことがなかった。
2000年2月6日(日)、愛知県豊橋市、豊橋市総合体育館。
第32回JBL日本リーグ2部・公式戦は総当たり3回戦制の最終クールに突入した。
今シーズン新規参入した愛知のオーエスジーフェニックスは開幕から圧倒的な強さでリーグ戦を勝ち抜いてきた。
フォワードのタッド・ローは得点2位(平均26.1点)、アシスト1位、フリースロー2位、3ポイント成功率3位、スティール1位と抜群の上手さを見せるが、
このチームのエースは超攻撃的ポイントガード、2年目の大口真洋選手だった。
後に日本代表に選ばれる彼の日本リーグ初年度の成績は得点7位(日本人トップの18.3)、アシスト2位、フィールドゴール8位、3ポイント1位を記録。172センチと小柄ながら、抜群の運動神経で輝きを放っていた。
このシーズンの日本リーグ2部は新加入のオーエスジー、大日本印刷。そして東京海上(現・ビッグブルー東京)、豊田通商、所沢ブロンコスの5チーム。
所沢ブロンコスはCJ、このシーズンの得点王に輝くレジー・ポール、ショーン・ブラウンの3人の外国人選手を抱え、初年度の最下位(2勝13敗)からの巻き返しを図る。
しかし期待の新戦力として加入した、前シーズンに廃部になった三井生命から3選手を出場登録するも、協会から却下され、シーズン出場は果たされず。その後の選手登録のルール変更への礎となった。
新任HCの東野智哉さん率いる所沢ブロンコスはまさに総力戦で挑んだシーズンでした。
迎えた第3クール。
フェニックス 前半34-29 ブロンコス
フェニックス 後半29-34 ブロンコス
試合は延長戦に入る
フェニックス 10-10 ブロンコス
フェニックス 10-10 ブロンコス
フェニックス 8-7 ブロンコス
91-90。
3度の延長戦を制したのはフェニックス。最後残り4秒、ファウルでフリースローを与え、それが敗戦につながったのだが、両チームにとって財産となる試合であった
(試合直後、手にびっしり汗をかいたフェニックス・中村和男HCは成田GMと握手し、一言「ナイスゲーム!」と言ったそうな)。
その後、3試合を全勝し、参入初年度で優勝という偉業をやってのけたオーエスジー。
翌シーズンから新潟アルビレックスが参入し、日本リーグ2部は熾烈な2強時代のあと、両チーム、スーパーリーグ参入となり、その後の活躍はご存じのとおりです。
…そして月日は流れ
2008年11月2日(日) 埼玉県所沢市 所沢市民体育館。
ブロンコス 1Q 22-24 フェニックス
ブロンコス 2Q 19-23 フェニックス
ブロンコス 3Q 15-16 フェニックス
ブロンコス 4Q 25-18 フェニックス
ブロンコス OT 12-8 フェニックス
93-89。埼玉ブロンコス、開幕5連勝!
そしてリベンジ完了。
試合終了後、観に行かれたブースターさんから電話をいただいた。
本当にいい試合だった、泣きそうになるくらい良い試合だった。と。
もちろん浜松・東三河もこのままじゃ終われないし、今日の反省を活かして修正してくることでしょう。
これで勝てたら本物。
とはいえ、まだ5/52。無事に今シーズンを戦い抜いてくれることを祈る。
3日は参戦いたします。どうぞよろしくお願いします。
追伸・画像は所沢ブロンコスのチーム紹介の小冊子、オーエスジーフェニックスの小冊子(2000-01版)とシール。そして所沢ブロンコス時代のロゴも懐かしいブロンコスオフィシャルファンクラブの会報「ブロンコスの卵」vol.9の1999-2000シーズン総括号。
各選手の今シーズンをふりかえるアンケートでは、最も印象に残った試合という質問に、ほぼ皆さん、この試合をあげられておりました。
ちなみにこのシーズンの順位は1位オーエスジー、2位東京海上、3位所沢ブロンコス、4位大日本印刷、5位豊田通商。
2位の東京海上を率いたヘッドコーチは、現・。仙台89ERSの中村彰久社長。
4位の大日本印刷にはルーキー・青野和人さんや、石橋貴俊さんが選手登録されておりました。
古き良き時代の日本リーグ2部。
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